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新薬師寺(奈良市)
塑造十二神将立像(寺伝 伐折羅大将)
像高 162.2 cm
奈良時代
国宝
データサイズ:10.0 MB
新薬師寺の薬師如来坐像を囲む円形土壇上には、十二神将像が外向きに配置されている。この塑像群は彫像としては日本最古の十二神将像の遺品である。昭和六年(1931)に補修された伝宮毘羅(くびら)像を除き、天平年間(729~749)に造立されたことが伝因達羅像の框座に記された墨書から確認されている。
像はいずれも皮甲をまとい、洲浜座を踏んで立つ姿が基本形となっているが、各像にはそれぞれ異なる動きや変化が付けられている。腰のひねりは左方向に5軀、右方向に6軀が見られ、この違いが当初の配置と関連している可能性がある。また、因達羅像は左足を、真達羅像は右足を上げており、対照的な体勢が特徴的である。このような体勢の違いは群像としての動的な表現を強調しており、それぞれの個性と全体の調和が考慮された造形であることが窺える。
これらの像は角材と木片を組み合わせた心木に荒縄を巻き、三層の塑土で形成され、表面には白土地・金箔地に彩色が施されている。黒目の部分にはまるいガラス玉を嵌入している。肉身部は朱や緑青で彩色され、目や唇、ひげも精巧に描かれる。甲や兜には金箔地が使われ、唐草文や湧雲文が墨描きや彩色で表現される。火炎唐草文が特に珍しい装飾である。
『新薬師寺縁起』(元禄十三年<1700>編纂)には、像が新薬師寺からほど近い岩淵寺(白毫寺町にあったと考えられる古代寺院)から移座されたと記されている。新薬師寺内にかつて広大な伽藍が存在していたことを踏まえると、天平年間に新薬師寺内で造立された後に移座された可能性も考慮すべきである。
新薬師寺(奈良市)
塑造十二神将立像(寺伝 宮毘羅大将)
像高 168.0 cm
奈良時代
国宝
データサイズ:10.7 MB
新薬師寺の薬師如来坐像を囲む円形土壇上には、十二神将像が外向きに配置されている。この塑像群は彫像としては日本最古の十二神将像の遺品である。昭和六年(1931)に補修された伝宮毘羅(くびら)像を除き、天平年間(729~749)に造立されたことが伝因達羅像の框座に記された墨書から確認されている。
像はいずれも皮甲をまとい、洲浜座を踏んで立つ姿が基本形となっているが、各像にはそれぞれ異なる動きや変化が付けられている。腰のひねりは左方向に5軀、右方向に6軀が見られ、この違いが当初の配置と関連している可能性がある。また、因達羅像は左足を、真達羅像は右足を上げており、対照的な体勢が特徴的である。このような体勢の違いは群像としての動的な表現を強調しており、それぞれの個性と全体の調和が考慮された造形であることが窺える。
これらの像は角材と木片を組み合わせた心木に荒縄を巻き、三層の塑土で形成され、表面には白土地・金箔地に彩色が施されている。黒目の部分にはまるいガラス玉を嵌入している。肉身部は朱や緑青で彩色され、目や唇、ひげも精巧に描かれる。甲や兜には金箔地が使われ、唐草文や湧雲文が墨描きや彩色で表現される。火炎唐草文が特に珍しい装飾である。
『新薬師寺縁起』(元禄十三年<1700>編纂)には、像が新薬師寺からほど近い岩淵寺(白毫寺町にあったと考えられる古代寺院)から移座されたと記されている。新薬師寺内にかつて広大な伽藍が存在していたことを踏まえると、天平年間に新薬師寺内で造立された後に移座された可能性も考慮すべきである。
新薬師寺(奈良市)
塑造十二神将立像(寺伝 迷企羅大将)
像高 162.1 cm
奈良時代
国宝
データサイズ:10.8 MB
新薬師寺の薬師如来坐像を囲む円形土壇上には、十二神将像が外向きに配置されている。この塑像群は彫像としては日本最古の十二神将像の遺品である。昭和六年(1931)に補修された伝宮毘羅(くびら)像を除き、天平年間(729~749)に造立されたことが伝因達羅像の框座に記された墨書から確認されている。
像はいずれも皮甲をまとい、洲浜座を踏んで立つ姿が基本形となっているが、各像にはそれぞれ異なる動きや変化が付けられている。腰のひねりは左方向に5軀、右方向に6軀が見られ、この違いが当初の配置と関連している可能性がある。また、因達羅像は左足を、真達羅像は右足を上げており、対照的な体勢が特徴的である。このような体勢の違いは群像としての動的な表現を強調しており、それぞれの個性と全体の調和が考慮された造形であることが窺える。
これらの像は角材と木片を組み合わせた心木に荒縄を巻き、三層の塑土で形成され、表面には白土地・金箔地に彩色が施されている。黒目の部分にはまるいガラス玉を嵌入している。肉身部は朱や緑青で彩色され、目や唇、ひげも精巧に描かれる。甲や兜には金箔地が使われ、唐草文や湧雲文が墨描きや彩色で表現される。火炎唐草文が特に珍しい装飾である。
『新薬師寺縁起』(元禄十三年<1700>編纂)には、像が新薬師寺からほど近い岩淵寺(白毫寺町にあったと考えられる古代寺院)から移座されたと記されている。新薬師寺内にかつて広大な伽藍が存在していたことを踏まえると、天平年間に新薬師寺内で造立された後に移座された可能性も考慮すべきである。
新薬師寺(奈良市)
木造薬師如来坐像(本堂安置)
像高 192.5 cm
平安時代初期
国宝
データサイズ:12.8 MB
カヤ、一木造、彫眼。
新薬師寺は、天平十九年(747)に聖武天皇の病気平癒を祈願して、光明皇后により東大寺の南東、春日山麓に創建された。聖武天皇は天平十七年秋頃から病床にあり、同年九月二十日には、全国に向けて薬師像七軀の造立と『薬師経』七巻の書写を命じる勅を発している。新薬師寺の創建は、この勅命に基づいて実現されたと考えられている。
本尊である薬師如来坐像は、奈良時代最末期に造立された木彫像であり、その特徴的な姿が注目される。カヤの一木造で、表面は白檀のように見せる素地仕上げである。本体の構造で最も特異な点は、左手先材を除くすべての矧木を縦木で通していることである。屈臀する手の前膊以下の矧木が縦木である例は、神護寺薬師如来像などあるものの、坐像の両脚部矧木までを縦木で通しているのは他に例がない。
大きな目や、丸みを帯びた独特の顔立ち、圧倒的な体軀が造形力を示す。左手に薬壼を持つ姿や、光背に配置された六体の化仏を含む「一尊七仏薬師」の形式は、『薬師瑠璃光七仏本願功徳経』と『陀羅尼集経』の教義を融合させたものである。本堂の円形土壇も『陀羅尼集経』に基づくとされる。造立年代には諸説あり、天平宝字六年(762)頃や延暦年間(793頃)、800年前後から弘仁期前半(810年代)頃にかけての時期とする説がある 。造東大寺司のような官営工房の存在が背景に推定され、平安初期彫刻へと影響を与えた重要な作品と評価される。
新薬師寺(奈良市)
木造薬師如来坐像 光背化仏(右上)
像高 42.0 cm
平安時代初期
国宝
データサイズ:10.2 MB
新薬師寺薬師如来像の光背は、ヒノキ材で構成され、漆箔や華やかな意匠が施されている。光背に配置された六仏はヒノキの一木造で、泥地・漆箔仕上げ(後補)。花葉を含む頭・体の殆どを、木心を後方に外した一材から彫成している。ただし頭光右方の一体のみは、木心を前方に外し、花葉を含む両脚部を矧付けている。背刳りは、身光右上方の一体のみにある。
七仏薬師を光背に配する例は、貞観四年(862)の岩手黒石寺像や醍醐寺像などがあり、いずれも六仏または七仏を配置している。薬師寺金堂像の光背には七仏薬師と無数の飛天が刻まれていた記録があり、唐招提寺金堂像や興福院本尊も七仏薬師を伴う形式が採られていた。特に八世紀末から九世紀初めにかけて、薬師如来の光背に六仏や七仏、日光・月光二菩薩、十二神将像を配置する形式が増えたとされる。
六仏の一部には仏舎利が納入されており、抹香様のもので密封されていた。これは『薬師瑠璃光七仏本願功徳経』の教義に基づいて仏舎利を像に納める信仰の具体例である。仏身に舎利を納入する例としては天平宝字六年(762)の滋賀石山寺本尊や承和十一年(844)の東寺講堂諸尊があり、新薬師寺像はこれらと並ぶ貴重な遺品といえる。
新薬師寺(奈良市)
木造薬師如来坐像 光背化仏(右下)
像高 38.7 cm
平安時代初期
国宝
データサイズ:10.5 MB
新薬師寺薬師如来像の光背は、ヒノキ材で構成され、漆箔や華やかな意匠が施されている。光背に配置された六仏はヒノキの一木造で、泥地・漆箔仕上げ(後補)。花葉を含む頭・体の殆どを、木心を後方に外した一材から彫成している。ただし頭光右方の一体のみは、木心を前方に外し、花葉を含む両脚部を矧付けている。背刳りは、身光右上方の一体のみにある。
七仏薬師を光背に配する例は、貞観四年(862)の岩手黒石寺像や醍醐寺像などがあり、いずれも六仏または七仏を配置している。薬師寺金堂像の光背には七仏薬師と無数の飛天が刻まれていた記録があり、唐招提寺金堂像や興福院本尊も七仏薬師を伴う形式が採られていた。特に八世紀末から九世紀初めにかけて、薬師如来の光背に六仏や七仏、日光・月光二菩薩、十二神将像を配置する形式が増えたとされる。
六仏の一部には仏舎利が納入されており、抹香様のもので密封されていた。これは『薬師瑠璃光七仏本願功徳経』の教義に基づいて仏舎利を像に納める信仰の具体例である。仏身に舎利を納入する例としては天平宝字六年(762)の滋賀石山寺本尊や承和十一年(844)の東寺講堂諸尊があり、新薬師寺像はこれらと並ぶ貴重な遺品といえる。
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